2012年9月24日

宮古で見たもの(消えぬ津波の傷跡)

2012年9月16日(日曜日)「第28回みやこ秋まつり~第1回宮古市復興祈願祭」に参加してまいりました。
そのイベントの合間に、私たちバルバロスの参加メンバーはみやこ秋まつりの実行委員の方からのご紹介で、
(社)宮古観光協会 学ぶ防災係が行っています、「学ぶ防災ツアー」に参加してきました。
大きな津波被害を受けた宮古市の田老地区の中でも、地域がほぼ全滅した第二防潮堤の地区に唯一残骸だけが残った
旧たろう観光ホテルを見学しました。
辺りは、3.11までは街並みがあった場所だったとことが、建物の土台だけが残った妙に広々した空間だけがありました。
津波遺産として語り継ぐべく、自らも被災者であられる説明員さんから、昭和8年に起こった大津波で被災したにもかかわらず
次第に家々が建って行ったこと。第二防潮堤は水門の一部だけが残骸として残るのみとなったことなど、津波の現場で説明いただき、
マスコミ報道で見聞きするだけの印象とは大きく違い、深く考えさせられるものでした。

 
1階から3階まで津波で海水に浸かった、たろう観光ホテル。ホテル前でガイドさんと合流します。
 
 
土嚢造り体験コーナーで最初の説明を聞いて、建物の中に入ります。
 
 
津波で鉄骨だけになった2階部分。階段で屋上に上がって第2防潮堤周辺のかつて町があった場所を俯瞰します。
 
 
いつもは穏やかな入り江が、3.11の時は時速500キロのスピードで大津波がやってきました。
 
 
田老地区は過去何回も津波に襲われた経験から、高台に向かって道が一直線に伸びています。
 
 
建物内も相当な被害を受けています。我々バルバロスの参加メンバーにとって忘れることの出来ない経験をしました。


田老での学ぶ防災ツアーを終えて、イベントの準備にかかる前に、宮古随一の景勝地、浄土ヶ浜の浄土ヶ浜レストハウスにて海鮮丼の昼食をとりました。
ここ浄土ヶ浜も津波被害を受けましたが、多くの方々の尽力で、すっかり観光地として蘇っています。

 
9月中旬としては記録的な猛暑となりました。透明な海の水が気持ちよかったです。
 
 
浄土ヶ浜レストハウスにて昼食と展望台での記念写真。


宮古の中心街を流れる閉伊川。3.11には停泊する漁船を道路に押し出すような大津波がやってきて、その模様は新聞社のカメラマンによって
鮮明に撮影され、多くの人々の目に触れました。震災から1年半たった今でも各所のその傷跡が生々しく残されています。
サンバ・パレードはこのすぐ近くで行いました。激しい津波被害を受け、今なお復興の途上にある宮古の皆様から、私たちのサンバのパフォーマンスに
暖かいご声援をいただき、バルバロスの参加メンバーは大変に暖かい気持ちになりました。
 
宮古の中心街を流れる閉伊川。その周囲には津波の傷跡が未だに数多く残されています。
 
 
閉伊川沿いにある排水ポンプ施設。津波で閉鎖されています。そのため道路が一部冠水しています。
 
 
閉伊川にかかるJR山田線の橋梁。津波で線路が流失したままになっています。橋のたもとも住宅が流されています。
 
 
閉伊川にかかる国道の橋脚。津波で押し流された漁船が衝突して、傷だらけになっています。街中も津波で家が流され、空き地が点在しています。
右の写真の左端は消防団の建物で、階段が大きく損傷しています。


サンバのパフォーマンスを終えて、みやこ祭りの実行委員の皆様と沢田屋ホテルにて打ち上げを行いました。
実行委員の皆様の復興への想いは、私たちに熱く伝わりました。

 
 
 
最後に全員で三三七拍子と記念撮影。夜の23:30、バスにて夜道を帰途につきました。

by どーもくん